プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

希望があれば人は生きていけるとフランクルは言っていた

私も、そう思った。

確信があるわけではないが

自身のわずかの経験からそう感じているわけであるが。

 

ばーばらの老いを見ていて

ある時それに疑問を感じることになる。

本能として先天的に持っているものによって人は生かされている部分があるのではないかと。

 

ばーばらは幸福を感じることが比較的得意な素質を持っていたのではないかと思う。

日常の些細なことに笑えたり、怒ったり、ちょっと嘆いてみたりという感情が豊かな人であった。

 

自身の感情、とりわけネガティブな部分にかんしてコントロールが困難な私としては、人間味のある受け身的なばーばらを素直に愛おしく感じられる要素である。

そう、人間味で生きているような裏のない人、それがばーばらだったと私は感じるので、そうした部分を他者からも愛された人なのではないかと思う。

 

そんなばーばらだからこそ人の中で喜怒哀楽し、とりわけそのポジティブな感情によって生命力を養われた故に長寿であったのではないか。

そうした人だからこそ、寂しさにはとことんひ弱で、一人二人と家族が遠のく状況に悲嘆するようになり、精神面で生きることが困難になってゆく。

そうなると元々からある先天的生命力は表面的な調整を図り、いわゆる認知症の症状を呈して生きようとした。

妄想はばーばらの周囲に子どもたちを呼び、死者を復活させ、最も苦手とする孤独から解放させた。

ばーばらには笑顔が戻り、生きるために不可欠な希望を蘇らせた。

 

周囲の状況からは克服する術を見出せたものの九十年も動かし続けた身体の老いは日常生活に確実に困難を生じさせる。

少々のことはかわして乗り切る寛容で鈍感なばーばらではあるが、とりわけ下の世話を受け入れる過程には精神を砕かれる思いであったようで、周囲への拒否反応はすさまじく平常では聞かれない罵声が飛び、何かがとりついたかのように暴れた。

介助は困難で、ばーばらが暴れると当然はかどらないし、それを抑えようとするとけがもしかねない。

かといって行わないわけにいかないのが下の世話である。

本人にとっても周囲にとっても、いく日もにまたがる葛藤の日々が続いた。

 

そうした老いと葛藤の現状を、他の人は知らない。

当然である。

ばーばら死後

そうした知らない人が「自宅での穏やかな老衰」を美化する。

周囲を称え、故人は幸せな人やと。

本気でそう思っているのかは分からない。

表面だけ見たらそう思うのかもしれない。

私は、同調しながらも複雑な心境になる。

 

生前に戻る。

ばーばらに葛藤の日々が続いた。

私の目には不思議が写った。

その時のばーばらは希望によって生きているのでは決してなかった。

だがしかし、確実に生きようとしているのである。

あるときおむつ交換の最中、彼女は言った。

「こわい、死んでまう!」

意志疎通が困難になっていた当時、感情のままに時折発する言葉が彼女の悲鳴だった。

介助のためにばーばらを横向きにした際発せられた言葉である。

苦痛しかないように思える日々であっても、生きようとしているんだ。

私は不思議に思った。

一体何がそうさせているんだろうか。

そこで、人が原型として持っている生命力なのではなかろうかと、そう考えてみたのだ。

無論、検証はできない。

ただ、それ以外に私に見出せる回答が無かった。

 

今思えば、死に向かう通過点であったのかとも思える。

生きようとしていた。

だが死へ向かうレールは確実に敷かれており、目の前の列車にばーばらの指定席はあった。

だが、その時のばーばらにはそれが何なのかよく分からない。

時折、愛する故人たちが手を差し伸べていて、自分もそちらへ手を伸ばしてみるが……

気付くとそこに居るのは孫であり、服を脱がされて羞恥をさらけだす現状。

現実の世界にあったはずの「希望」が無くなったということを体験的に気付かされていったばーばら。

 

ある朝。

いつものように愛するお父さんが、仲の良かったお友達が、先だった妹が手まねきしているところに駆け寄った。

そちらの世界ではちゃんと歩けるし、それどころか若くて快活で心地良い。

 

ん?何か、遠くで聞こえる声がするけど……

でも今とても気持ち良いから戻りたくない……

この時既に、下顎呼吸。

 

私の中での結論。

やはり「希望」が人を生かすんだと思う。

今のところ。