プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

生きるとは、したたかな行為。

昔、ノルウェイの森を見た時に

直子が死んだあと

苦しむけれど

結局緑と付き合えてしまうワタナベに

何だかすごくインパクトを覚えて

でもこれが生命力なんだとも感じられて

妙にリアルで生々しくて

引き込まれたものでした。

そこにすがらなければ余計に辛いという現実もあるのでしょう。

それを思うとまた緑の気持ちも複雑だわ。

だけどそういったタイミングで人は生きているからね。

結果。

そう何事も結果そうなったということ。

 

先日、蛍の墓の解説動画を見ました。

節子が死んだあと

清太が食べた雑炊があって

清太が食べたスイカの皮があった。

無表情な清太に何を見るか。

悲しみのあまり人間性を失っているのか。

清太は節子が死んで

これでもう世話をしなくていいという安堵もあったのではないかと。

雑炊を一人で食べることができるという

現代人が考えるとあまりにも小さい出来事に生命力を費やさねばならない。

人間は生きようとする存在だから

人間は残酷な存在だから

そうした自己の本性を

窮地に目の当たりにする。

それこそが生命力。

 

映画の中のみではない。

これは全ての人類に本能として備わっているものだと思う。

人間は残酷でしたたかな生き物。

だから他者の一大事な奇麗事よりも

自己のしょうもない言い訳が重要なのだ。

そうして人を苦しめないと生きていけない存在なのだろう。