プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

他者に認められていないと感じるとき私は歴史に助けを求める

人が社会で生きていく上で他者との関わりが重要だと認識する。

そしてそこに「認める」という何とも不可解な条件も必要であるらしい。

私はそれを体験的に感じている。

人は人。

自分は自分。

もちろんそうだ。

そして他者の言うことなんかより自分がどう思うかが大事だということも最もだと考える。

だがしかし、そう単純でないのが人間なようで。

自分の意見を誰かに認めてもらいたいという「承認欲求」なるものが備わっている。

その承認欲求を得たいがために自己の意見を曲げる人も中にはいるかもしれない。

若しくはそのことに気付かずに他者の意見を自分の意見だと思い込んでいる人もいるかもしれない。

だが、本来は自分の本音を聞いてもらって賛同されたい。

多数に賛同されるであろう意見なら胸を張って演説できるだろうが

非難されるのではないかと思う事柄については必然声が小さくなる。

もちろん、だれがそれを喋るかということで聞く人の聞き方も変わってくるだろう。

何か偉い学者の言葉ならば、聞いた人が理解できなくても自分の理解力が足りないせいだと思うかもしれない。

だが、同じことを何の肩書きもない人が言えば「何言ってんだこいつ」と冷たい目で見られる。

 

さて私は後者の人物。

つまり何の肩書きも無い馬の骨。

であるにもかかわらず、およそ常識を逸脱しているかもしれない哲学を考えてみたりする。

分からない。

どう思われるかは分からないが、他人に口外する勇気を持ち合わせていない。

だってめっぽう批判に弱いもんですから。

怖い怖い。

そんな折にサルトルに出会った。

安吾に出会った。

そして良寛に出会った。

彼らは私の友となった。

私は絶対批判しようのない彼らがいるから

彼らがそれぞれ自分の哲学で私を応援してくれているから

私は救われた。

共感できる人がいた。

しかも有名人だ。

皆、その時代で周囲の人に批判されることもあっただろう。

彼らは私の代わりに批判されてくれた。

私も、もっと勇気を持てたらいいんだけど。

サルトルみたく演説できたらいいんだけど。

だけど私には書くことができる。

だからやっぱり私は私の哲学を

まずは書いてまとめてみようかな。