どうも昔より、人一倍あがり症と言いますか、所謂緊張の傾向が強い方でして。
今日もまた、肩に力が入っています。
緊張は拭えません。
単なる家族会議に、何故にこんなに緊張せねばならぬのか。
まさか歴史の節目の大事件前夜でもあるまいし。
秋山眞之などのことを思えば、明日の一件等ハエが飛んだくらいのことだろう。
つまり私は、父が苦手なのである。
父の言動は、全てにおいて否定したくなるし、嫌悪を感じてしまうのだ。
対峙すれば怒鳴ることしか出来なくなってしまう。
これは非常に困った事態になる。
嫌悪の念が頭から離れずのままに過ごさねばならない。
憂鬱だよね。
そんな風にはなりたくないと思うのは、いたって普通のことだろう。
故に私は、なるべく父と話さないよう、会わないよう、努めている。
互いのためである。
父も、娘に怒鳴られたくはないだろうから。
所謂ヒステリーなのかもしれませんね。
その言葉は、良い気はしませんが。
ですが家族というものは、何かしら問題が生じた際に、話をせねばならぬこともある。
この度は、祖母の介護をめぐっての件である。
誰かが自己の判断のみで勝手に行うものではない。
周囲の関わる人間の連携が必要になるのが支援である。
そんなわけで、『どこかお願いできますか』とメモに残す父に対して、話をせねばならないわけである。
まず、プロの支援をお願いするということは、ケアマネに来てもらって、ケアプランを立ててもらわねばならないということを、話さねばならない。
そして、キーパーソンは祖母と同居する父になる旨も。
ケアプランを作成してもらうにあたって、話し合いが行われる。
その際に、自分の思うところや希望を伝える必要がある。
どういうサービスが利用できるのかを確認して、祖母に何が適合するのかを話し合う必要がある。
そうした情報を関係者で共有し、日々の特記事項を伝達せねばならない。
それが支援だ、と私は認識している。
そのことを伝えねばならない。
細かいことは多々あるが、一度に言っても理解できないであろうから、とりあえず明日の目標は、そんなところにしておこう。
叔母が、来てくれることになっている。
間に入ってもらうのだ。
本当は、叔母も意見してもらって良いのだが、こちらから求めるのはよしておこう。
そう、細部はケアプラン会議のときに。
さて、明日のことを前夜から悩むのは、困った性質である。
が、愚痴を言っても仕方ない。
私の脳は、そうそう変われない。
なので考えて、準備して安堵させる他無い。
今からメモしておいたら、ケアプランもスムーズにいくかもしれない。