読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

自分とは離れたところで幸福でいてくれと人は思うのか。

夜が寂しいと、祖母は言う。

寝られへんと、祖母は言う。

 

年をとるということは、孤独が増える。

寂しさ、つまり負の感情に支配される。

それは、幸福でないということ。

 

私は祖母を笑わせたい。

少しでも、小さな幸福を味あわせたい。

だが・・・

 

私は常に一緒には居られない。

物理的にも、精神的にもそれは不可能だと自分では考えている。

祖母は、私の幸福は望んでいない。

ただ、祖母は祖母の孤独を埋めたくて仕方がない。

祖母は昔から、そういう人であった。

 

つまり祖母は、人が大勢で居ることが幸福だと信じてやまないのである。

自分が幼少からそうであったように。

 

私とは、時代が異なる。

価値観も異なる。

私は祖母を幸福にしたいが、それが出来ない。

何とも、無力を味わっている。

夜になると、今頃寂しがってはいないかと思う。

 

まるで、清を思う『ぼっちゃん』のようだ。

ぼっちゃんは、手紙を書くのを断念する。

こうして思っていれば伝わるだろうと決め込んだのだ。

私は、少しぼっちゃんに救われたが、救われない部分の私は、ぼっちゃんを羨んだ。

 

祖母には娯楽が無い。

いや、ひとつある。

ラジオをいつも聞いている。

寂しさを、まぎらわしたいのだろう。

何を言っているのか分からないラジオを、いつも聞いているのだ。

 

ラジオもテレビも、祖母の耳には届けど、頭には入ってこない。

何を喋っているのか、てんで分からない。

が、祖母は祖母なりに間違って解釈して、それで納得しているから、それはそれで良いのだ。

でも、もしも年配者に配慮したテレビ関係者がいるなら、老人のための番組をこしらえてほしい。

ゆっくり、わかりやすく喋って

大きく分かりやすいスーパーをつけて

見て分かる、笑える番組を。

 

私は一人でも、パソコンがあって、テレビもある。

アンネみたく書くこともできる。

十分に、些細な幸福を感じられる。

 

祖母にも幸福を。

どうか、毎日笑える生活を与えてほしい。

神様。