読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

当面、認知症ばーばらの介護日記になりそうな予感~

昨日の幸福とは打って変わって、今日はまたもやノルアドレナリン大放出。

せっかく大きなプラズマクラスターの加湿器置いたのに、乾燥に追いつかない。

パワー強にしても湿度45%までしかいかない。

四六時中エアコンにはかなわない。

どうやら、もう一台必要・・・

 

それはいい。

今日は、私がいけなかった。

昨日風呂に入れたもんだから、その勢いで毎日着替えをさせるぞなんて意気込んじゃったもんだから、まずった。

ばーばらは疲れていた。

昨日の疲れかもしれないし、ひ孫がいないとパワーも出ないのかもしれない。

「起きる?」

「うーん。」

「着替える?」

「着替える。」

返事は意味をなしてはいなかった。

私が起こして、早速汚れた服を着替えさせるのにいやいや従ってはくれるのだが・・・

「なんであんたに着替えさせてもらわなあかんのん?」

まずった。

私は、着替えをさせたかった。

が、本人の意思で着替えをさせたかった。

なのに、本人の意思が無い中、着替えさせてしまったのだ。

ばーばら曰く「着替えは風呂の時や。」

「じゃあ、毎日風呂入るんか?」

「そんなん、先のこと言われても分かるかいな。」

うまいこと返すでないか。

いや、感心している場合ではない。

私は、下着類の着替えは断念した。

自分が、イライラしてきたことに気付いたので、少し場を離れる必要性を感じた。

その後も何度か起こしに行くが、何やら妄想の話で文句を言っている。

最終的に、優しい言葉かけによって落ち着いたばーばらではあるが、それでもぼーとしている。

私は、専門の支援が必要だと感じた。

私の脳が、対応できないのである。

 

以前、赤ちゃんは未熟だから、かわいがって育ててもらうためにかわいいんだって聞いて納得したことがある。

ならば、老人が、世話が必要な程弱いくせに、しわくちゃで他者に不快を与える言動をするのは何故だろうかと、考えていたんですね。

もしかしたら、老人の死を家族が受け入れやすくするためなんじゃないかと、今日ふと思った。

あまりに愛しすぎたら、残された家族が苦しいから、そういう自然の摂理だったりして。

 

それでも、うちのばーばらは、かわいい方だと思う。

優しく関わりさえすれば、ある程度適応してくれるもんね。

今は、自己の不自由に本人が理解しきれずに、しんどいんじゃないかと思う。

着替えやお風呂が自分で出来ないんだもんね。

恐らくは、トイレも不十分かな。

使用済みのパットが、棚や引き出し、階段にあるくらいだから。

そのくらいは、見つけて処理すれば良いのだが、この調子では下着が汚れたまま生活してるんじゃなかろうかと危惧する。

そのところを、どう接するべきか、家族として非常に悩むので、専門家に相談したいのだ。

今回も、辛い介護ってのだけは避けたい。

あくまでも介護は楽しくなくてはならないのだ。

そのために、調べて、考えて、相談して、選択していきたい。