プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

急須の神様

それは、祖母のやるのをそっくり真似て、私は紐を持ち出してきた。

紐は何でも良い。祖母はビニールの梱包用紐を切っていた。

私は、赴きのある細いエンジの数珠紐を、十数センチ程切って、急須の口に括りつけた。

「お願いします。」

特に作法は無く、一度きり拝んでみた。

それから私は、そのことを忘れる。

テーブルの急須を見ると想起するが、またすぐ忘れる。

大切でないわけではないのだが、日常に不自由しないのである。

 

私は今年、初詣に行った際に『おみくじ』を買った。

『小吉』だった。

去年が『末吉』で一昨年が『凶』だったから、毎年上昇きてきていることになる。

つまり、私にとっては幸運の『小吉』なのである。

私は『凶』の年から毎年、その『おみくじ』を見えるところに貼って、教訓にしようと考えてきた。

『凶』は縁起が悪いと言う人もいるが、そこに書かれた事柄は、『凶』である私にとっての戒めなのである。

つまり、その『おみくじ』が『凶』なのではなく、その『おみくじ』を引いた私が『凶』なのである。

 

まぁ、早い話が大切な『小吉みくじ』を失くしてしまったのだ。

そして、失せ物を見つけてくださるのが『急須の神様』なのである。

私はこれまで、何か物を失くす度に急須に紐を括りつけている祖母を見てきた。

そして必ず、近日中に失くした物を見つける祖母も見てきた。

これまでの私の見てきた中で『急須の神様』は百発百中100%必ず見つけてくださる神様なのである。

そしてエンジの紐を括ってから三日経った今日『小吉みくじ』が出てきたのです。

それは私の手帳に貼り付けてありました。

てっきり、どこかに落として失くしたと思っていたのですが。

ある日の私はちゃんと、失くさないようにと、いつでも見られるようにと手帳に貼り付けておいたわけです。

私は、そんな過去の私さえも失くしてしまっていたんですね。

そして、その『小吉みくじ』には・・・

『失物、思いもかけず身近にあり』と、書いてありました。