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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

私はネグレスト?

父がゴルフの日、私は実家で夕方まで過ごす。

何故ならば、軽い認知症の祖母が一人きりになってしまうからである。

最近は何だか暖かいのだけど、祖母は寒い寒いと言う。

私はエアコンを点け、ヒーターも点ける。

祖母の寝室は、常にエアコンが30度設定でがんがんにかかっていて、おまけにアンカもつけっぱなし。

私が気付いたときは、それを消す。

だって、誰もいないんだもん、もったいないじゃん。

アンカはあぶないじゃん、そう思うから。

でも祖母は、常に暖かくないと不満を言う。

軽く流す。

でもね、問題はそこではなくって。

祖母はどうも、薄着をしている。

薄手のシャツに、上からジャケットを羽織っている。

どうやら洋服の種類を、上手に選べないようである。

見える所に置いてあるレッグウォーマーもつけない。

聞けば、足は寒くないねんとかうだうだ言って、最終的に「うたといねん。」と。

要するに、洋服の選択に介助が必要なんだろう。

着る順番に並べて、ひとつひとつ手渡して、うだうだ言うのをなだめながら、ちゃんとした服装を朝一に行う必要性があるのだろうと、私は思った。

幼い子どものように。

だが、祖母は幼い子供ではない。

ここが難しい。

しかも、祖母が朝起きる時間帯に私はいない。

そのために行こうとも思わない。

勿論、父には出来ない作業である。

祖母は、人の世話になりたくないたちである。

関わりは求めるが、生活に関することを誰かに頼むことはしない。

風呂にしても、もう何日入っていないか知らないが、本人はそれでいいらしかった。

そして私は、安全にデイなんかで風呂にも入ってもらいたいし、ちゃんと適切に服を着てほしいのだけど、本人が望まないことを強要したくなかった。

説得も苦手である。

例えば、風呂に入れてほしいとか、服を選んでほしいと本人が望むなら、快く時間を割ける。

だが、本人は望んでくれないのだ。

自分で全部やりたくって、でもしんどいから手抜きになって、それを受け入れる環境であってほしいと望んでいるわけだね。

祖母には毎日、認知症ならではの悩みがある。

家の中で迷子になるのだ。

どっちから行けばいいのかって、しょっちゅう困ってる。

また、時間が分からない。

時計を見て、「11時ってことは、何時ってことや?」と質問してくる。

つまり、本人は毎日大変なのである。

悩みが尽きない人なのだ。

そんな祖母に、デイだの風呂だの服装だの、私は強要できないのだ。

言い訳である。

本来は、もっと本人に寄り添って、解決への糸口を見つけていかなければならないのかもしれない。

が、私には無理ぷーである。

だって、家族だもん。

感情があるもん。

ムカついたりしちゃうときだってあるもん。

この、人と人との関係性があるから、答えはひとつじゃないんだよね。

そして私は悩むんだ。

一番早い解決法は、他に目を向けること。

仕事があるからとか、遠方だからとか、そうやって老人を一人にしてしまっている人は、私から見たら罪だよねー。

でも、そういう状況が先にあって、その後親や祖父母が弱ってきたら、「仕方無い」って言葉が便利なんだよねー。

私は、幼少期から祖母に育てられたので、仕方ある立場です。

しかもプー子だからね。

今更仕事人間になんてなれません。

祖母主体ですもん。

だけれども、そんな私でも自分の時間を祖母主体で決められない。

ある程度、折り合いをつけながら、自分と相談しながら、関わっていかなくちゃならない。

相手が自分の子どもなら、子ども主体になるんだろうけど。

それが介護の困難なところ。

手がかかることは同じでも、決して同じじゃない。

子どもに自分の人生は捧げられても、親や祖父母に捧げられない。

「この命、どう使う?」って以前錦織さんが言ってましたね。