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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

私は私の人生を作るために今生きているんだ。

それは、決して輝かしくはないかもしれない。

それは、決して幸福ではないかもしれない。

 

私は、自分が何かを成し遂げてスターになる自信は無い。

かといって、平凡だけれども温かい家庭を築いて暮らしていく自信も無い。

自分に自信の持てない人が、何を思って生きていくのかと考えたことがこれまで幾度もあるのだけれど

聞こえるのは美談ばかり。

私は、自分が納得できる指針を求めた。

去年の暮、それはふいに降りてきた。

 

博士号取得が、ほぼ確実になった友人が、志を語ってくれた。

私は又、考えるきっかけをもらったわけだ。

松陰も「志」と言うし、私はそれを否定はしない。

志を持って生きることはすばらしいと思う。

がしかしだ。

志を叶えられないまま、月日のみがどんどん過ぎたらどうする。

結果は自己嫌悪だ。

志を持つ者の中に

叶える者が数パーセントいて

残りはいくらか妥協して納得するか、諦めるか、方向転換するか。

「何も成せぬままいるのが辛い」と言った松陰を思い出す。

 

人は、生きることに意味を求める。

意味があるからこそ今を生きられる。

私も、自分の生きる意味を探した。

降ってきたのが

「自分の人生を作るため」というものだった。

それは、いかなるものでも受け入れられる屁理屈にも聞こえるかもしれない。

が、そうではない。

人の、人生のすばらしさを強調したい。

生を授かる、それのみで尊いと感じる。

その後、どんな人生を歩もうとも、決して失敗という人生など無い。

どんな人生でも、映画になるほどのすばらしさがある。

私も、その自分の人生の映画を作っているのだと思った。

たとえ明日、風呂で裸で立ちくらんで死んだとしても。

私は私の人生に感動するのだ。

 

そんな私にも、叶えたい夢や目標が無いわけではない。

それはそれで持ちつつ、様々に遠回りする私を、楽しみたいと思う。

今年の抱負の代わりに、そんなことを述べてみたりした2016年元日。