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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

幸福

私は昨今、幸福を味わう。

日常起こる事象に、滅多に感じ得ないそれは、古い文庫にあった。

幼少より活字が特に苦手であった。

漫画さえも、ほとんど読まずに学生を過ぎた。

勿論、教科書は書棚のこやしである。

そんな私が本を読み始めたのは、配達の仕事をしているときで

同じ配達仲間と回し読みしだしたのがきっかけだった。

退屈な配達・回収業務が楽しくなった。

信号待ちが待ち遠しくなった。

あまり真似られては困るが、運転中の読書から始まった。

読む速度は遅いが、関係無い。

本にはまると、ドラマや映画より面白い。

なにせ、自分の速度で進めることが出来る。

ちょっと、戻ることもできる。

その後、連続して読んだり、読まない期間が続いたりした。

 

私は、久々に書棚をあさった。

何か、何かを求めたのだ。

何かは分からない。

数冊取り出した未読書から、夏目漱石の『こころ』を手に取った。

私にとって漱石は初めてである。

なんとなく、これではないかという、直観的なものだった。

読み始めて正解だった。

私は、過去、海堂尊司馬遼太郎にはまった記憶を想起した。

今、この瞬間の幸福を、永遠と継続させることが私には出来る。

そう考えると、死ぬまでの人生が華やいで感ぜられるのである。

前述したが、私は読むのが遅い。

故に、その分多くの時間、楽しめると思う。

えらく現金ではあるが、日頃あまり幸福を感じない者は、ちょっとしたことで人一倍幸福になれる利があるのかもしれない。

まだ、五分の一程であるが、人の感情の描写が好きだ。

言葉の裏の心理、個別の人間らしさが、とても鮮明に理解できる。

異なる時代に生きた、遠い遠い文化人であるのに、

自分とはかすりもしない偉大な人物の頭の中の出来事を、

現代に生きる、ちっぽけな私が垣間見ることが出来るというこの神秘的な体験が、読書なのだと思うと、得体の知れぬ感動が私を高揚させる。

漱石だけでない、目の前には芥川や武者小路もいる。

多くの文化人と対話できる、この幸福を、誰に感謝しようか。