プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

久々に、障害者雇用のお話し。

何年か前に、障害者雇用の現状と課題についてプレゼンしたことがあるんです。

そのとき質問されたことを、ふと思い出したんです。

 

関係論文読んでてね、その中で同じ疑問が出てきてたんです。

障害者を雇用する企業の社員の意見なんですが

「何故、手のかかる障害者を雇用しなければならないのか。」

という、いたってシンプルな疑問です。

プレゼン時の質問者は

「できれば雇用したくない。」

そうおっしゃいました。

 

以前の私の考えは

障害者雇用の利点を知らないから、固定観念で「雇用したくない」と思っているのであって、職種とマッチし、適切な対応環境が整えば、両者にとって有益なものが障害者雇用であると思っていて、そんなことを語ったように思います。

 

もちろん、今もその考えに相違はありませんが

そんなことを「雇用したくない」と言う人に言っても無意味だと

そう思うわけです。

実は、当時も気付いてはいたんですよね。

体験しなきゃ理解できないって思いますから。

私に、説明力や、想像力が無かったんですね。

 

読んでいる論文も、調査結果として記載されているのであって

それに対する対処はありません。

ただ、改めて読んで、考察しているとね

キレイごとで解決する理論ではなく

発端は福利厚生、いや、憲法に委ねられるのかな、と思ったんです。

難しいことではなくて、平等とか、権利とか。

難しいこと分かんないし。

障害っていうのは、本人の意思によらないし

努力不足で患うものでもない。

障害が無い人と比較したら、リスクなわけじゃんね。

だから、平等に扱うために

支援や道具によってリスクを極力無くした上での本人を見定めて雇用する必要があるってことだよね。

でも、雇用前からその姿を企業側が見ることができないから

色んな制度によって企業に義務としての障害者雇用があると。

そんな風に考えてみたわけだ。

 

つまり、本来は、障害がある人も無い人も、同じ就職率であることが理想。

でも実際は、全然違う。

「雇用したくない」というのは、雇用側のみから見た意見であって

つまり、自分にとっての利害関係のみの判断結果ということになるよね。

でも、社会全体で色んなことを考えていくと

障害者雇用というのは、ごくごく当たり前だということに気付くと思うんです。

 

お金を稼ぐためだけに働いているという人には

ちょっと理解し難いかもしれません。

自分にとってどうかということばかり考えている人にも

理解できないでしょう。

 

でも、本当はそんな人いないと思います。

安保法案の話題が出たら、日本の今後を考えるだろうし

災害が起これば、何か自分にできないものかと思うだろう。

子どもがいれば、自分のいない未来についてさえ考えるだろう。

 

もし今後、そうした質問を受ける機会があるとしたら

そういう方向で話し合ってみるのもいいかなって

ふと思った夕暮れ。