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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

明日は我が身

鬼怒川の氾濫、すさまじいです。

テレビで映像を見て

もしこれが自分の家だったらとか

祖母を助けるためにはどうすればいいかなんてことを

考えずにはいられません。

この近辺

私自身の経験は無いのですが

水はけが悪く、大雨で浸水被害も時折聞きます。

何十年か前には

近くの川が氾濫して1階が浸水して大変だったとかいう話も聞きます。

 

災害の備え、はっきり言って何も無いです。

心配ばかりは募るものの

心構えだけはしてるものの

避難のイメトレだけはしているものの

備えは無いんです。

やばい。

電気がとまればラーメンも作れない。

 

さて、実家は、私以上に備え無し。

腹が立つほど、備え無し。

実家こそ古家で危ないのに。

 

ただ、備え始めたらきりがない気もする。

これじゃ不十分、まだまだなんて。

そうして悩むのも体に悪いし。

 

なもんで、シュミレーションだけは腐るほどやってるわけです。

 

さて、今回の災害、テレビで専門家は色んな見解を述べています。

その中で気になったのは

避難指示が出て行動するような行動指南型では今後は通用しないというお話。

自分の居る場所の環境がどういうものなのかを把握した上で

自分の居る環境の状況を良く把握し

指示が出る以前に適切な判断を行えるように

日頃から心がけなければならないということのようです。

 

普段何も無い日常が何十年も続く中で

それでも災害に備えなければならないということなのです。

しかも、高齢社会。

自分の身だけ守るのではなく

身近な、近隣の高齢者の状況も把握して

災害時は的確に適切な行動が求められる。

まるで誰しもが自衛隊員の訓練を受けなければならないかのような

そんな国に住んでいるのが私たち日本人なのだと思います。

 

地域の見守りは何も

民生委員だけには任せられません。

だって高齢者が多すぎるんですもの。

自宅生活の人はほとんど1階暮らしでしょ。

おまけに独居だし、家は古い。

最もリスクが高い環境じゃん。

 

あぁ、そんなことを考えると

私に何ができるんだろうと考えはするものの

結局、その時になってみないと分からない。

想像できません。

 

とにかく、食糧くらいは備蓄しておこう。

実家にも、そういう一式を備えなくっちゃ。

そう、自分が動かなくっちゃ。

そんなことを思わせてもらった

今回の災害です。