プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

私の2匹の犬神様

朝から、だるいですね。

最近、無性にだるくなります。

湿気のせいにしていますが・・・

こういう日には、時間に縛られて無理やり出社する人は大変だなーと思います。

いや逆に、何かに縛られるからこそ行動できるのかもしれません。

おかげで今日なんか、リフォームの予定先延ばしして

PCの前に居座りっぱなし。

そうこうする内に、すっぽかす時間になってるし。

 

さて、私は仏教徒ですが、今日のお話は神様について。

日本では昔から

偉い人が亡くなったら神様になって神社に祀られています。

地位や名誉は、死んでも健在か、と思う傍ら

信じる心は個人の自由ならば、それってありかも、とあるとき思った。

そのあるときというのが

朝のおつとめの時間。

正信偈読みながら思うことでもないのだが

私の愛おしい、亡きワンコは犬神様になったのだと思ったんです。

ワンコは生前、子どものいない私にとって我が子同然でした。

時期の異なる2匹のワンコは

それぞれ私に色んなことを教えてくれました。

私が早死にしない限り、ワンコは私より先に逝きます。

私は、2匹の息子を先に亡くし

そして2匹の犬神様を得たわけです。

 

神は無敵です。

私の心に宿ってますから

無の世界、静かで清らかな世界にいて、あらゆる野蛮な感情からは無縁なのです。

痛みもなく、苦痛や不幸もありません。

あるのは、平穏と安らぎ。

そこに居て、彼らはただ、私を見つめています。

 

犬神様は無邪気ですから

私のために何かをしません。

期待したり、励ましたり、見守ったりしません。

ただ、見つめているんです。

私はそう思い、その態度を心から愛おしく思うのです。

彼らがそうしてそこに居るから

わたしはこうして、ここに居ることができるんだと、そう思えるわけです。

 

この間は、お盆過ぎに、夢枕に現れました。

マイペースですから、むこうで遊んでいる間に、遅れちゃったみたいです。

いいんです。

それが私の犬神様ですから。

常に、そこに居るんです。

すぐ、近くです。

私もいつか、行く場所です。

私は神にはならないけど。

今日も、意味もなくはしゃいでいるんです。

そして彼らに、私はまだまだ学ぶことが山積みなんです。

現世での修行は続きます。