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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

柿騒動 其の二

次なる柿騒動は、私が登場する。

 

先の柿がだんだんはけてゆき、残るは小さい柿ばかりになった。

そして一昨日、残り二割の柿を収穫した。

今度もたくさん成果があり、大きく色よいものも多く採れた。

これもまた、各々が配りたいところへ配れば良いわけだが

とりあえず我が家の涼しい場所にまとめた。

 

私は良いものをよって、友人等に配る。

弟も、職場や妻の実家に第二弾を配る。

叔母もまた、たくさん持って帰った。

当然ながら皆、良いものばかり選んで配る。

 

さて、祖母の妹がやってきたときに、悪いもの、小さいものをどうするのかと聞いたか、もしくはたまたまそういう話が父からなされたのか定かではないが、どうやら「悪い柿は捨てる。」と告げたらしい。

当然ながら祖母の妹は「捨てるなら引き取る。」と言ったらしく、そのことを父が私に話した。

父は、何も考えていないのか、バカなのか、私がそのことを聞いて「ふーん。」と言うとでも思ったのか、とにかくのほほんとした感じで私に話した。

私は、もちろん反抗した。これは当然である。

悪い柿ばかりやって良い柿を自分ところでなんて考えられない。

悪い柿を捨てるなんて私は思っていないし、保存出来る形にして全部消費するつもりでいた。

そのことを話すと、そこに不和が生じた。

意見の不一致である。

父は「悪いものを欲しいと言うのだからやれば良い。」と言う。

私は「私も捨てると聞けば欲しいと言うに決まってる。」と言った。

「せっかく良いものが沢山あるのに、悪いものを引き取らせる神経が分からない。」

無性に腹が立った。

父は、私ともめることは嫌らしいが、自分の意見は曲げない頑固者である。

とった手段が嘘であった。

「ええのやったから。」

おまけに「じゅくじゅくの悪いやつは捨てたで。」と不要な報告を付け足すあたりが姑息である。

私は「悪い柿も剥いたら一緒だし、その作業は私がやっているのだから悪いのは全て家で消費して良いものばかりやったらいい。」と言った。

居合わせた叔母はそんな私に「家でええやつ食べたらいいねん。」と言った。

意見が合わない。

全く、考え方が違う。

父は、叔母の賛同でいい気でいたが、私は不快感でいっぱいだった。

それでもその日は、父の言う「ええのやったから。」を信じていた。

なのに・・・

翌朝、柿を取りに行くと、悪い柿が全て消えていた。

そこで父の言葉が、単にその場の不穏を打ち消すためのみの嘘であったことを知り、より一層の父への不快感が募ったのである。

 

私は、父のそうした浅はかな行動及び言語行動が腹立たしくもあり、非常に嫌悪刺激となるので、今回の件に関して罰を与えたい気持ちでいっぱいである。

つまり、父の行動によって不信感を抱く事実を知ってほしいし、改心無くとも表面的な行動に変化をもたらしたいと考える。

ただ、その適切な方法が今のところ思い当たらない。

ブログでは、アウトプットによる私の精神的緩和のみでしか効果が無い。

もっとね、落ち着いて分析的に考察しなくっちゃ。