プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

虚無と成果の審査

想定はしていましたが、今虚無の最中です。

何かしら慌ただしくしていましたので、ある程度時間が経過するまでこの虚無は続くのかもしれません。

それでも、今日までは夜の生信偈がありましたので何かと賑やかでしたから、もしや本当の虚無は明日からなのかもしれません。

 

そんな中でもやはり振り返って確認しておかなければならないのは本来の目的がどれだけ達成できたか。

そしてそれらはどういう意味があり、誰にとってどういう価値があるのか。

本来の最たる目的、それは終末期である祖父の望みを可能な限りかなえること。

そして精神的・肉体的苦痛を最小限に抑えること。

これらがどれだけできていたかということが私は重要だと考える。

決して、周囲が気を遣って「家で死ねる人はなかなかいないんだから本人は幸せだよ。」という言葉をうのみには出来ない。

だがしかし、こういった目に見えないことを計ることはとても困難。

故にここでは、考察のみ行うこととする。

 

考察と言うか、自己反省になるのかもしれない。

祖父は病院で人工呼吸器を装着した日から話す機能を失った。

その状況で祖父の意向を汲み取る術の幾つかは使用してみたが、最終的に手っ取り早くて、およそ明確なのが、質問に対するYES or NOを首の振りで示すことである。

入院中は、そうした本人の思いの汲み取りに必死だった。

そして本人の確実な意思である帰宅願望の証拠を動画に記録し、それを最も叶えるべきニーズとして行動を開始した。

この、行動を開始してから、実際退院するまで約1ヶ月。

これが早いのか遅いのかは分からないが、生きて、ある程度体力のある内に退院できたことは良かったと思う。

問題は、帰宅してから。

私は、帰宅できたことに満足してしまったのか、その後本人の言葉を汲み取ることをほとんどしていない。

怠ったというわけではないが、慌ただしさの中、忘れていた。

帰宅してから祖父は、何を考え生きていたのだろう。

容体が悪化していくことにも気付かなかった。

いや、変化には気づいてはいたが、それが死の前兆だったとは考える余地も無かった。

精神的・肉体的苦痛、痛みの緩和。

これは困難でした。

常にじょくそうは痛くて、下は皆の前で解放される。

こういう終末期在宅医療に鎮痛剤は難しいのだろうか。

時々、穏やかな顔で眠ることもあるが、特に最期近くはアラームがうるさく響いた。

最期、苦しまずに亡くなったのがせめてもの救いである。

 

在宅介護は本人にとって、全面的に良いことばかりではない。

しかし、落ち着ける空間であることは間違いない。

どれくらい、心安らいだのかは分からないが、望みがかなったという部分においては満足できたのではないかと考える。

 

そして、本人以上に納得できたのは周囲の家族ではないかと思う。

もちろん時間的拘束が伴い、手技の練習なんかも必要になるが、本人にとって少しでも良い状態にできたという自負と、ある程度自分を働かせたことによる達成感や有用感を感じられたのではないかと思う。

こういう感情に、甘えてしまった気もする。

ただ、周囲の人に在宅介護が可能で、やってみる意義があると感じさせられているならばこれも大きな成果といえるだろう。

今後、在宅介護が増えていき、当たり前になっていくことを望み、祖母の頃にはごく自然にできる環境があればいいな、と思う。