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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

祖父の在宅介護記録⑨ 10月16日(木)

『チャリンコドクター』

 

これ、映画になりそうだ!

完全寝たきり在宅介護の場合、往診医に来ていただいて医療的処置を継続出来るのですが、この度うちに来ていただいているドクター、週に1回、電動ママチャリで15分かけて来られます。

白衣の上に厚手のジャケットをはおり、今日なんか暑い日差しの中、お疲れ様ですと言いたい。

 

一体、どういう人が往診医をやろうと思うのだろう。

自分から赴いて診察するのはまず、いつも晴れというわけでもないから行き帰りが大変。

しかも、自分で開業しているから、午前も午後も診察はあるんだよね。

その間の休憩時間を利用して往診に回られているわけだから、忙しいよね。

多いときは3箇所回るらしいし。

更には時間外、休みの日でも夜中でも困ったことがあれば電話してきてくださいって言うのです。

これもビックりです。

まぁめったに電話するほどの困りごとって無いだろうけど、いやそういうことよりも、先生大変すぎるじゃん!と思うのです。

なんでそこまで身を呈することができろのだろう。

ドクターにしても、ナースにしても、そういう姿勢という行動が維持・増加する背景にはそれを強化している結果事象があるはずです。

単に、務めている組織がそういう仕組みになっているから、ということでしたら、決まりに則った行動ということで、その見返りは金銭収入ということになりますが、そういう仕組みであったとしても、そういう仕組みの組織をチョイスする行動をとったこと、そもそも献身業ナースを職に選んだこと、対人援助という分野に魅力を感じる人、そういう人のモチベーションがやはり他者の幸福ということなんじゃないかと思うんです。

他者の幸福を自分の幸福と感じる。

誰かの役に立ちたい。

そういう気持ちって、人間の本能のような気もするんです。

 

チャリンコドクター、この人も親切なんですねぇ。

「何か困ったことないですか?」

「体交手伝いますよ。」

明日、初めて挑戦する手技があるのですが・・・

「練習してみますか?」

「明日困ったら電話してきてください。」

このね、こういう言葉が嬉しいし、たぶん困らないだろうけど安心できるんですよね。

 

祖父は今日は日中よく眠ります。

昨夜寝られなかったからだと思います。

病院だと、夜眠るために昼間は起こされます。

看護師体制の都合だから仕方ないのですが・・・

やはり好きなときに寝たいですよね。

何もかも不自由なんだから、そういうことくらい自由でいいと思うんです。

 

今日はドクターに、今以上の延命は行わないことと、なるべく緩和治療をしてあげたいという思いをお伝えしました。

人工呼吸器を付けているし、痰の吸引もしていますから、痰が詰まって亡くなるということはほとんどないだろうとおっしゃいました。

可能性があるのは、尿路感染や肺炎等感染症ということです。

若しくは、臓器不全ということなのでしょう。

「何かあったら、いつでも連絡してください。」と言ってくださる「何か」とは具体的にどういう状況が予測されるのかをお聞きしましたところ、意識が遠のき、ぼーっとしているとかいうことらしいのですが・・・それって既に何度も見てきた祖父の表情のひとつなので、あぁそれは「何か」なのかと思ったわけですが、いやそれくらいでおよびたてするまでもないような気もするんですよね。

だいたいいつも夜、自発呼吸が極端に減り、朝方戻ってくる感じなので。

 

さて今日も、眠りに誘うCDかけながら祖父もワンコもすやすや眠っています。