プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

地域福祉は難しい!?

アウトプットします。

些細なことでも気になると自分の中で膨張します。

今朝、近所の年配の奥さんが来られました。

ごみ置き場のネットが破れていて使い物にならなかったので、○○さん(近所の奥さん)と相談して新しいのを買って、排水管に設置させてもらったとのことです。

そしてそのネットの代金を、二人で割っても良かったんだけど、皆で使っているものだから近所6件で割って集めようと思う、と。

更には、ごみ収集後のネットの片付けを、これまでは自分一人がいつも片付けていたけど、ずっとはしんどいから、その6件で1か月交代でローテーションしようと思っている、とのことでした。

 

この部分で、いつもやってくださってたんですね、ありがとうございます!なんて気の利いたことを私が言えたなら、この後の進展は変化していたかもしれませんが、私はそんなに器用ではありませんでした。

 

因みに、その6件の中に、我が家が入っていなかったので、それは恐らく入れてもらった方がいいんじゃないかということを伝えました。

あくまでも実行するのは父であって私ではないので、そこは入れてくださいとは言いませんでしたけど。

それについては、そう?みたいな感じで、まぁ父に聞いておきます、ということでさらっと流れたのですが。

 

6件というのは、ネットを変えたごみ置き場に確実に捨てていると分かっている近所の6件であって、他は分からないから6件だけでいいや、ということらしいのです。

つまり、△△さんや、□□さん、××さんは近所だけど、同じ場所に出しているのか別の場所に出しているのか分からない、ということなんですね。

 

「そこ、聞いてみた方がいいんじゃないですか?」と私は言ったんです。

「△△さんは朝早く出ていってるみたいだって※※さんが言ってたし、そこまではいいやろうと思って」と、とても嫌そうな言い方をするんですねぇ。

「でもねぇ、本人の立場に立ったら、自分も捨ててるのにグループから排除されていると感じるかもしれないから、聞いてみた方がいいと思いますよ。」

・・・もしかしたら、ほとんど面識の無い私からそういったことを言われたこと自体が不快だったというのもあるのかもしれません。

「そんな、そこまで私、嫌やわぁ」とおっしゃいました。

まあね、普段関わらない家に行って話してっていうのがボランティアで出来るのは民生委員・児童委員くらいの懐が無いと困難かもしれない。

自分ばっかりって思うかもしれないし、それ以前に良いことをして批判されたという気分だろうか?

「私、△△さん時々見かけますから、話してみましょうか?」なんて私が言ったのも逆に腹立たしかったのかもしれない。

 

こんなやりとりをしながら私は、いじめ問題を想像していました。

クラスで仲良しの6人グループがいる。

転校生がやってきたけど、私たちのグループに入りたのかどうか分からない。

なんだかいつも一人でいるから、こちらから話しかけにくいし。

別に話さなくていいんじゃない?なんて思う。

 

昔からなじみのある近隣の家と、比較的新しくやってきた家。

どうしても最初は隔たりがあって、何かタイミングがなくちゃ話しにくい。

でも別に、向こうから言ってきたら話してもいいけどー。

なんかあんまり近所付き合いしたくなさそうだしー。

 

なんだか、そんな風に感じてしまいました。

 

恐らく、来られたおばちゃんは、感謝されたかったんだよねー。

いつも周辺を掃除している話までしてたもんねー。

私は、最初にねぎらいや感謝を述べるべきだったかもしれない。

社交辞令的に。

 

おばちゃんと私は相容れず。

「もしかしたら、父がいなくて私が話を聞いてしまったことがいけなかったかもしれませんね。父に話します。父ならきっちり調べなくても良い、曖昧で良いと言うかもしれませんから。とにかく、父に話します。」

そう伝えると、おばちゃんは不服そうに帰られました。

 

その後すぐ、電話で父に伝え、どう行動したかの結果は聞きませんでしたが、お金を払っている様子から、つまりはおばちゃんに謝罪して支払いもした、といったところかと推測します。

少なくとも、私の意見に同意するようならば何か話してくるだろうということを考えると、上記の対応で間違い無く、そういった父を残念に思います。

 

そして、ちょいと理想を想像してみたりもするんですが・・・

娘が失礼な言い方をしたようですみません。でも、間違ってはいないと思うんですよねー・・・なんて言えるような父だったら最高なのになー。

 

まぁ父の話はさておいて、

これをきかっけに近所の人と親しくなれたならそれってすばらしいことじゃん!

孤立しない、排除しない地域社会を実現させる絶好のチャンスだと思ったわけですよ。

孤立や排除をしない地域をつくることが、犯罪を無くす方法のひとつだと思います。

 

だけど人は、自分に必死。

他者に好評化されたくて行動する。

ネットのかた付けや近所の掃除は、自分が気になるからやっているはずなのに

やっていることを評価されたい気持ちになるんだね。

評価されてしかるべきと思っちゃうんだね。

そういう人が多くなると、皆自分に忙しくなっちゃって

他者のことを考えられなくなってしまう。

自分がどう思うかが常に前面に出てしまって

他の人が辛いことに気付かない。

そうした人が集まった社会が、いじめを生んでいると私は思うわけです。

 

私は、今日の一件で、もしかしたら一気に近所で悪い評判が広がったかもしれない。

おばちゃんの噂は早いから。

そんなの知るもんかと思いつつ、気にしてしまう私は

なんて肝が小さいか。