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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

ナースは「不安でしょう」と言うけれど・・・

在宅介護、看護、看取りについて。

在宅での平穏死を勧める本に登場する事例を読んでいて

概ね皆不安で、頼れる医師と看護師らに助けられて頑張ったという流れ。

そして達成感とか一緒に居られたこととか、

そういったものが終了後の良い後味となることを述べている。

 

我が家の在宅介護はまだ始まってはいませんが

今回のこうした経緯は、私が勤め人でないという部分が大きいと感じています。

もし、やりがいを持って正職員で働いている場があれば

祖父の在宅介護について考えただろうか。

私の意識は憔悴した祖父ではなく、目の前の仕事だったかもしれない。

 

事例では、医師に在宅を勧められ、家族が協力して、またサービスを活用して在宅介護を遂行しているが、キーパーソンは疲れ果てている様子が伺える。

これでいいのかと悩んで、睡眠時間を短縮して頑張って

それでも全てにおいて満足はしないのだと。

もっとできたんじゃないかということは思ってしまうらしい。

更には、自分は頑張ったけど、とても大変だったから

自分の時は子どもに同じことをさせられないと言う人もいる。

 

老老介護のパターンはサポートが充実するがその分支払いも多い。

働きながらは、会社の配慮もあるが、もちろんゆとりが無く体が大変。

 

なーんかやっぱり、総合的に困難なんだよね。

私の場合、祖父一人の介護に対して、長男、長女、孫の三人が近隣に住まい、実際に動ける。

現時点で、金銭的にも困難ではない。

こういうパターンは、もしかしたら稀かもしれない。

今回、在宅介護が実現しても、私たちができたから皆もできるとは言いにくい。

そうであっても、私は「楽しい介護」を実現したいと考えている。

それも、無理やりではなく、実のところ今から楽しみだったりする。

 

先日の集まりで、看護師長さんが「不安ですよねぇ」とおっしゃったのだけど。

実は私、不安はひとつも無いのです。

何故か、それは既に入院中であることが不安だから。

父は、入院してたら安心らしいけど

私は逆。

もちろんドクターもナースも信頼はしています。

そういうことではなく、本人の心理的苦痛を考えてしまうから。

いくら完全看護でも、病院には限界があります。

特にそれは、精神面のケアについて。

本人の言葉をくみ取る努力をどこまでしているだろう。

本人にとって不本意なことを、仕方なくやってしまってはいないか。

そういったことを考えてしまう点で、現状が不安なのですね。

その不安が解消されるわけだから、今は既にかなり楽なんですね。

だから、看護師長さんのおっしゃる、退院に向けての不安は一切ないわけなんです。

本人の望みを実現できる喜びの方が大きいわけです。

 

痰の吸引等の手技に関しては、まぁなんとかなるでしょうと思っています。

今ベテランのナースも皆、最初は素人だったんですから。

 

それよりも、慣れたら余裕ができると思うから

その時間何しようかなーって、そっちの方が楽しみだったりします。

祖父の状態を記録するのも楽しみだったりするし、

静かなBGMをかけたり、アロマやソフトマッサージなんかもやってみたいと思っています。

食事の支度は叔母が手伝ってくれると言ってるので、それも嬉しい。

祖母と広いお風呂に入るのも、ワンコと添い寝するのも楽しみ。

そしてこれからの寒い季節に、自宅なら暖房を節約して寒さをこらえることをしなくていいというのは最高に嬉しい。

 

ネガティブな私も、最近はホルモン治療のおかげか妙にポジティブ。

そんなお楽しみ在宅介護は、10月に開始される予定です。

ドクターも無事に決まりましたので、私は痰吸引のイメトレでーす。