プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

本当はみんな、辛かった。

しつこいくらいに同じテーマが続きますが・・・

祖父の終末期の件で昨日父は、

「ときどき思うねん、かわいそうやなって。」と言っていた。

そして叔母は、

「実は夜2時頃目が覚めて、そこから寝られへんねん。じいさんの顔が浮かんで・・・。」と。

 

結局のところ、皆気に病んでいたんだよね。

もし自分なら絶対に嫌だと思うことを祖父に行っている事実は疑いようがない。

こうするしかないとか、しょうがないといった言葉では収まりがつかない。

だから、連れて帰るのがいいなんていうのはこちらの勝手なエゴだって言ってみたりするんだね。

 

さて、今回の件で私はまた、いろんなことを知りたくなった。

日本の標準はどうなのか?

国の方針はどうなのか?

そして、実際は?

事例は?

今の世の中は便利です。

誰に聞いても分からないようなことでもパソコンピッピで全部分かっちゃうんだもん。

結果、アバウトに書きますが

終末期医療に関しては厚生労働省ガイドラインを作成しています。

昨今当たり前になったインフォームド・コンセントの重要性とか

チームで慎重に行うこととか

緩和ケアが主軸で、安楽死は極めて限られた条件で・・・本ガイドラインでは対象とせず、とか

まぁそんなことが記載されていますが

このガイドラインを使用している医療機関はごく一部。

多くは、病院が独自に作成したガイドラインを使用するか、

ガイドラインは使用しないようです。

別のアンケートによれば・・・

終末期医療について、自分が痛みを伴う終末期になったときの、心肺蘇生や人工呼吸器等の延命治療について、ほとんどの人が「やめたほうがいい」「やめるべき」と答えています。

興味深いのが、一般の人が70%なのに対し、医師、看護師は90%がそう思っているということです。

高齢終末期の場所の希望は、一般では病院が一番多くて

医師、看護師は自宅なんですよね。

 

私たちが、未知なる病院に、いかに幻想を抱いているか、そんな様子を思わせます。

また別の資料ですが

希望者が多いピンピンコロリと逝く人は、全体の5%

私はいやだけど。

病院で最期を迎える人は80%以上。

私はいやだけど。

 

でね、色々調べたり、家族で話したり、一人で考えたり(これがいちばん多い)

そんな中で思ったことは、

今の人は皆知らないんだってこと。

まず、死について考えない。

人の死は、なるべく見たくない。

だから何も知らない。知ろうとしない。

そして、いざ身内が、というときは他人任せ。

病院に任せたら完璧で安心できると思っている。

もしかして、ほとんどの人がそうなんじゃないだろうか。

 

仕事が忙しいもんね。

病院に任せてるんだもんね。

そうしたら考えることもしなくて済むわけだし。

最期は電話がかかってきて駆けつけたら間に合わないとか。

悲しみはするし、周りは慰めてくれるから

悔いることも無い。

葬式で感謝を述べ

翌日からまた仕事。

 

不思議なのが、皆葬式はきちんとやるんだよね。

会社休んで大枚はたく。

それをさ、前倒しして生前に会社休んで傍にいてあげようとは思わないのかな。

死んでからより、生きている内の方がよっぽど孝行できると思うんだけど。

 

長くなりましたが、上記の矛盾や不思議の原因のひとつが無知だと思います。

無知の原因は、核家族化とかいった社会の変化だよね。

それと、事例が見えないということかな、と思うんです。

知らないから、見えないから、勝手に大変とか無理とか想像してるんじゃなかろうか。

テレビや本は圧倒的に病院で死んでる・・かもしれない。

ならば今回の我が家の事例は、今後の日本のためにも記録に残さねば。

祖父が入院中は、皆が心を痛めてた。

そして家で看取ることを決めたわけだから、とにかくなるべく楽しくやりたいと思う。

どうなるか分からないけど、そう決めてから心はすっきりしたから。

そして記録を残して、どういう形になるか分からないけど

皆がハッピーになった一事例として、沢山の人に知ってもらいたい。

心安らぐ終末期が日本の標準になることを願って。