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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

拘束

祖父が入院しました。

痛みに相当鈍麻な93歳が、腰部と臀部に激痛を訴え歩けなくなりました。

車椅子もしんどいらしく、待ち合いはベッドを借りました。

レントゲンでは異常無く、検査入院。

数日後、肺炎だと言われました。

主治医が代わり、食事が中止され、手に大きなグローブがはめられていました。

入院から、1週間後のことでした。

前回、看護師に口頭で手袋する場合の許可を安易に返事したものの

まさか本当にされているとは思わなかったのでショックでした。

ドクターに、昨日不穏だったと言われたため

家族が1週間ほったらかしにしたせいかもしれないから、手袋を外して様子をみてほしいとお願いしました。

それは全然いいですよ、と承諾していただきほっとした翌日

祖父は手袋をはめられていました。

「はずしてほしい」と祖父は言いましたが、私は看護士さんに聞いてみなあかんから、と言いました。

「看護師に言うたら、あかん言う。」祖父の言うとおり、私もそう思いました。

看護師は、「おむつの方に手をやってたから、点滴の線が抜けるといけないから。」

と言いました。

その日私は、手袋をはずしてあげられず、帰りました。

その翌日祖父は、おかしくなっていました。

「そっちの端におるの、おかあさんか?」

点滴を指さして「それ、ふたつあるから、ひとつ持って帰ってくれるか。」

入院してからの祖父は、みるみる弱っていき

とうとう唯一正常だった頭までおかしくなってしまいました。

 

こういう祖父を見ていると、何のための入院だろうと思ってしまいます。

一生懸命治療してくれるドクター

優しい言葉をかけてくれる看護師

皆、正しい行為として、当たり前のようにやってしまうのか。

仕事ではあれど、人のためにと目指してなった職業ではないのか。

治療のため、という名目で行う範囲が

見た目にはかわいい手袋であっても、指の動きを阻害する大きなグローブ。

手を使えないということがどれほどリスクの高い行為であるかを理解されているのだろうか。

認知症予防や作業療法で手指を使って色々な感覚を感じたりする。

その逆をしているということに、気づいているだろうか。

皆、最初は何かしらの嫌悪感を感じたかもしれない。

もしや、日常頻繁に用いることで慣れてっしまったのではないか。

 

私は、悩みました。

他の病院でも、よくあることなのか。

医療の分野では、ちょっとしたことなのだろうか。

そうであったとしても

私は、拘束は使用すべきではないと思う。

ましてや、ベッドから動けなくなっている老人の

かろうじてある機能を何故拘束せねばならないのか。

他の方法を色々講じた最終手段ならば、仕方がないこともあるかもしれない。

だけど、そうであっても・・・

 

もし自分が、手指を拘束されることを想像すると、ぞっとする。

きっと、気がおかしくなるだろう。

 

私は今日、勇気を振り絞って「相談」という形で手袋のことを看護師に話しに行きました。

祖父は、痰が詰まってもがいていたので、看護師を呼びました。

痰の吸引後、手袋について話しました。

看護師は、深いところに入っている点滴の管を抜いてはいけないから、という理由で手袋をしていると言いました。

これまでに抜いたからでもなければ、抜こうとしたからでもない。

無意識にでも抜くといけない、という理由でした。

そしてその点滴の管は、一度抜けたら私たちでは処置出来ず、先生に入れなおしてもらわなければならないということです。

おしっこの管も入っているから、これも抜かれては困る。

鼻から送っている酸素の管は、何回か抜いていました。

抜かれると、やってる意味がなくなるので。

 

・・・その時は話をするのに夢中で気にとめませんでしたが

これらの理由、全て看護師主体だなーと、書くと改めて思います。

その時気付かなくて良かった。

気付かなかったから、言えたのかも。

「他の、色々な手段を講じた結果だとは思いますが、今一度、他の方法を私も考えますから、一緒に考えてくれませんか?」

看護師は「いいですよ」と言ってくれました。

私が、点滴の管の方をガードしてみてはどうですか?と言うと

じゃあ、ズボンをはかせてみましょうか、と言いました。

 

あるんじゃん!いとも簡単に手袋外してみる手段、あるんじゃん!!

それよりも、なにはともあれ、ひとまず手袋外せて良かったと思いました。

後から色んな感情出てくるんですけど

そのときは、ひとまずほっとしたんです。

 

でもその日の祖父に自発言語はありませんでした。

手袋を外しても表情変えず

いくらかの話しかけに返事はするものの

諦めなのか、無心なのか。

 

苦痛を取り除くために入院したはずなのに

別の、被る必要の無い苦痛を味わうこととなった

看護師は、ドクターの方針に従うので治療第一だと言う。

つまり私は、ドクターと話す必要があるようですが。

ならば、治療って何なのか。

幹部さえ治れば、他が壊れても良いのか。

そんなことは誰も思わないだろう。

でも実際、そうなっている。

気付いているか否かは分からないが。

これが一般的な老人医療ならば

私は長生きなんか、したくない。

皆、明日は我が身だと認識してほしい。

 

もちろん、病院が忙しくて人手が足りないのは分かりますが

だからこれで良いとは思わない

まずは、疑問に思ってほしい。

そう思う人が増え、社会が変わっていくことを願うばかりです。