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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

最近の子どもは夢が無い・・・?

夢を持ちにくい世の中・・・?

夢を語ろう・・・?

 

自分の将来展望、つまり個別の自己像を自分で想像することを現代人は夢と呼ぶ。

当り前のように夢の話をする世の中ですが

日本がこういう文化になってきたのは、ごく最近のことですよね。

生きにくい世の中だとか言うけど

それは一体いつと、またはどこと比較してのことだろうか。

何かを望んで、それが叶いにくい場合をそう言うのだろうか。

 

日本は昔、世襲制があって、生まれた家によって将来の職業は決まっていた。

身分制度もあって、おおよそ同じ身分の者同士が結婚していた。

しかも、結婚は二人のためのものではなく

家と家との繋がりという意味合いが重要視されていた。

その時代の人は、それが当たり前だと思っていたから特に疑問を持たなかった。

戦前を生きた人が、まさにそれである。

現在の、後期高齢者がそれにあたる。

今で言う、古い考えというやつ。

 

その頃は、それで納得する中でも楽しく生きていて

それから時代や文化の方が急に変化していった。

欧米様式。

私たちは、自由になった。

肉も食べるようになった。

三つ子の魂に固執する者は取り残されてしまう。

慌てて洋服を買い、恋愛に勤しんだ。

自分は何をしたいのか、何になりたいのか。

夢中で考え、正義と自由を武器に戦った。

これまで誰もやらなかったことに突っ走った。

そして今、息が切れてきた。

競争社会が批判され、平等思想が生まれた。

何が自由で、何が平等なのか。

何が資本主義で、何が社会主義か。

結局、何が良くて、何が悪いのか。

そんなの誰にも分らないと言って何もしないのか。

 

いつから人は、夢を持てるようになったんだろう。

そっか、何もかも焼けて無くなっちゃったから

未来も無になって未定になったから

自分で考えてやりなさいってことを、夢を見ると言ったのかな。

親がレールを敷けなくなって

子どもは自分でレールを敷いていかなくちゃならないわけだね。

それが夢。

昔の人は、うまく言ったもんだ。