プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

介護における義務と本人主体について。

障害者でも高齢者でも、どちらでもいいんですけど。

扶養義務が生ずるのは確か縦の繋がりだったと記憶しているんだけれども。

例えば、介護が必要な人に対する扶養義務は、その人の親または祖父母、もしくは子、孫、ひ孫、玄孫・・・その人たちに平等に生ずることになっていたと思います。

簡単に考えるために、親子の関係を考えてみましょう。

 

A家の両親に介護が必要になって、同居する長男と長女、そして別居する二男と次女がいたとします。

介護保険も活用し、必要なサービスは利用していますが、長女は同居しているために毎日関わることが容易であり、そのため身の周りの世話を行っています。

長男も同居しているので同様に、通院であったり買い物であったり、直接的な介助を行います。

別居している次男は、大企業の重役で多忙なため、金銭的支援を行っています。

同じく別居している次女は、次男程金銭的に余裕が無いため、金銭的支援は半分で、時々長女と長男の手伝いをしに帰省しています。

・・・こういったようなことを、家族全員で決めて、それぞれに負担が分散されるようにして皆が納得出来るようにしたわけです。

 

さてB家でも同じように両親に介護が必要になりました。

B家には息子と娘がいますが、二人とも結婚を機に家を買い、両親とは別居しています。

更には二人とも毎日忙しく働いているために、なかなか実家には帰れません。

もちろん介護保険は最大限に活用して、そこで必要になる実費負担に年金を使うわけですが、それで足が出る分を息子と娘が折半しています。

 

さて、A家とB家を比較すると、両方とも両親はちゃんと介護され、日常生活は何ら支障なく送っているわけです。

しかも、子どもたちも全て、ちゃんと義務を果たしているのです。

ですが、A家のご両親とB家のご両親では大きな違いがあります。

A家のご両親は、常に家族が傍におり、B家のご両親は常に家族が傍にいないのです。

単純に考えて、B家のご両親よりA家のご両親の方が幸福感を持てる率が高いと思います。

もちろん価値観は様々で、子どもの世話になんかなりたくないと思う人もいるだろうけど。

親は、子どもの幸福を第一に考えている。

これは正しいと思います。

ほとんどの親が、そう思っているでしょう。

ですがそれは自分が健康であってこそ、だと思うんです。

もちろん、介護が必要になってすぐに自己中心的になるというわけではありません。

 

介護が必要になるということは、自由が制限されるということ。

他者に頼らねばならないということ。

そういう状況で人は、これまでの自分のネットワークから外れ

提供された介助者とサービスの生活に追われる。

それがいくら温かいものであったとしても

そこに有用感は無く

自分というものが無くなっていく。

そんな状況で、脳を孤独が支配してもおかしくないだろう。

これまで自由気ままにしていた人も

家族という存在を求めるのである。

 

お願い、傍にいて。

いてくれるだけでいいの。

一人にしないで。

 

これは、もしかしたら私の勝手な考えかもしれないけど

いくら一人でいるのが好きな人でも

ずっと一人は寂しいと思うの。

特に、自分が弱ると。

誰かにいてほしいし、甘えたい。

まるで、子どもにかえったみたいに。

 

さて、そうすると

幸福観の多いA家の子どもたちは親孝行で

幸福観の少ないB家の子どもたちは親不孝になってしまう。

ここでB家の子どもたちは葛藤するのである。

自分たちの生活を重視して、親が寂しがるのはしょうがないとするか。

少しでも頻繁に帰省できるように働き方や生活スタイルを変更して、親の意に応えるか。

どちらをチョイスするかは、これまでの親子関係や現在の仕事状況、配偶者の考え方など様々な要因が関連してきます。

ここでポイントなのが、後悔しない選択と持続可能な選択です。

前者を選べば、現状は維持されるけど、自分は親不孝者だと考えてしまって後悔する可能性がある。

後者を選べば、親孝行できているという安堵はあるかもしれないが、それを無期限で継続することを事前に覚悟すべきである。

実際には有期限だが、いつか分からないため、10年続くかもしれないし、20年続くかもしれないということである。

 

結局のところ、中庸が重要だと思います。

皆で話し合える間柄であることが理想ですが

そうやって決まったことを、定期的に見直して微調整する必要があります。

 

さて、この子どもが超売れっ子芸能人だとしたら

選択の余地なく親不孝覚悟で前者を選ばざる負えない、かもしれません。

もしくは仕事をなげうって介護に勤しむか。

 

ともかく、介護に関しては特に

要介護者本人の意見が前面に出ることがかなり困難なように思えます。

プランニングにおいても、家族の要望が尊重されることが主となっている感があります。

でも、そういう介護の現状を目の当たりにしていると

長生きなんかしたくなくなってきますよね。

 

今生きている高齢者は

貴重な戦争体験者なのに。

最も辛い思いをしてきた人たちが寂しい思いをしている。

それが現状、ということを再考すべきではないでしょうか。

 

・・・私が言えた立場ではないですが。