プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

世の中は好き嫌いで成立するというお話。

前置きしますが、また持論が飛び交うので、そういうのが嫌いな人は読まないでください。

 

それと、本論とは無関係ですが、最近パーカーのフードが邪魔です。

昔、パーカーかわいいと思って好きだったんだけど、パーカーのみじゃ寒くて上着を着る場合、フードがとってもイヤなところにいるんです。

髪が長いので、フードを被った際に髪のやり場に困るというのも難点です。

好きだったパーカーが嫌いになりだすきっかけのひとつなのかもしれません。

 

好き嫌いと聞くと、わがままだとか、どうもネガティブな言葉のように聞こえるかもしれませんが、単に好きな事物と嫌いな事物という中性的な意味合いとしての使用は少ないのでしょうか?

私は、好き嫌いは誰にでもあって、それを述べることは一般的であって、それを口述することがわがままであるとは思わないのですが、どうも時と場合とかいうやつがニュアンスを変化させてしまうようなんですね。

昔、仕事の場面において、具体的には忘れましたが、何かについての議論において、拒否の意を述べたんです。そうしたら上司は何故か?という当たり前の質問をされたので、私は「嫌いだから。」と答えたわけです。

するとです、勘の良い人は察しがつくでしょうが、その上司は「好き嫌いで決めてはいけない。」と言うのです。

私は咄嗟に、この場面において言葉を間違えたと思ったのですが、言葉自体が間違っているとは思いませんでした。

そう述べる上司も、好き嫌いで行動しているはずですから。

その上司だけでなく、誰しもが。

ですがその行動に何かしら恰好のつく言葉で理由を述べることを常日頃私たちは求められているのです。

恐らくは、嫌いである理由の部分でしょうか。

詳しく述べることを求められているのかもしれません。

好き嫌いは、ある意味感性の部分が働くにも関わらずです。

それを、聞く側の価値観をおもんばかって発言せねばならないのです。

仕事の場面に関わらず、人間関係では往々にしてそいうことが求められるようです。

 

でもね、世の中のことの大半、好き嫌いで語れるんじゃないかしら。

何かを選択する場合には必ず好き嫌いという自分の価値観が関与するわけですよ。

 

今、離婚するカップルは結婚するカップルの3分の1だと言われています。

簡単に言えば、好きで結婚して、嫌いになって別れるわけですよね。

結婚する前から、嫌になったら別れたらいいなんて考えている人もいるみたい。

恋愛における男女の関係って、すごく簡単で便利になってしまったわけですね。

何が良いとか悪いとか言いませんけど。

互いに好きで付き合って、どちらかが嫌いになると、その後の関係は嫌いになった方の意見が優先されるわけなんですよね。

これってどうなんでしょうね。

嫌いだから付き合っていけないというのは理解できますが。

好きな方はたまったもんじゃないですね。

仕事も、このパターンですね。

自分がどういう仕事をするか、基本的には自分で決められるわけですから。

嫌になったら辞めることも可能です。

これが友人関係や親族ではそうはいきません。

嫌いになったからサヨウナラなんて言えません。

計画的に、フェイドアウトってことになるでしょうか。

もしくは、自分の感情の方をなんとかするでしょうか。

 

もうひとつ好き嫌いについて。

この好き嫌い、変化するんですよねぇ。

好きになって付き合って、嫌いになって別れ、また好きになって復活なんてパターンを歩むカップルはわがままなの?

 

私自身の好き嫌いについて。

これはもう確実に自分の調子に大きく左右されていることを実感しています。

昔から。

不調時は嫌いが多くなり、好調時はみんな好きになる。

極端ですが、そんな感じです。

自分の調子は環境によるものでもあるので、自己のみで完結する事柄ではありませんが。

結論としては、調子が良く、好きな事象が多い方が幸福感も味わえるんですよねぇ。

自分が不調の時は、周囲に対しても批判的だったりするので、自己嫌悪にも陥りやすかったりします。

 

まとまりませんでしたが、そんな感じです。