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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

目から鱗『オープン ダイアログ』

大阪府立大の松田先生と三田先生主催で、日本で初めて『オープン ダイアログ』に試写会&リレートークが今月26日金曜日にありました。

その2週間前のアクト講習と同じ会場。

効きの悪い空調も一緒。

いや前回に増して暑かった。

それはいいんです。

『オープン ダイアログ』とは、フィンランドの西ラップランドという小さな都市で行われた統合失調症治療の方法であり、その成果がすごいものだからアメリカ人の精神科医であり、精神障害者当事者運動のリーダーでもあるダニエル・マックラーさんが現地に赴き、取材して作り上げたドキュメンタリー映画なんです。

『オープン ダイアログ』~開かれた対話~

なるべく忠実に書きたいのですが、何分先日映画を観て初めて知ったことなので、あくまでも私が感じ取ったものという見解で読んでください。

まずは、インパクトのあるその方法なんですが・・・

患者もしくはクライアントから相談依頼があります。

病院だと患者だし、心理士に電話がある場合はクライアント、最初はどこでもいいんです。とにかく電話があるわけです。

そしたら24時間以内に初回ミーティングが行われます。

これは病院になるかもしれないし、患者の自宅かもしれない。

因みに全額国から補助されるので、何回相談しようが何時間相談しようが患者はタダ!

で、そのミーティングには本人、家族はもちろん、医師、看護師、心理士、その他本人に関わる人の中から本人と相談して誰に加わってもらうか決めます。

主催者の松田先生が、ステキな言葉をご紹介くださいました。

『Speak Nothing About Me Without Me.』私抜きで私のことを語らないで。

PCPの考え方ともすごくマッチしていて、すごく嬉しくなりました!

当り前のことなんだけど、どれだけ実施出来てるかしら。

何かしら本人が自分のことで相談するわけですよねぇ。

特に精神的な不調。

なのに自分の知らないところで自分のこと話されてたり決められてたりしたら不安じゃん?

で、初回ミーティングは特に早期に重要。

何故か、最も切羽詰っているときだから。

どうする?面談先送りして、その間に自殺しちゃったら。

そして最も症状が重い時期だから。

幻聴があったりして普通の会話が出来ない状態かもしれない。

そういう時にしっかり関わっておく必要があるの。

『オープン ダイアログ』を行う人々の、統合失調症を含む精神疾患のとらえ方がこれまた私たちの考えと異なっていたので驚いた。

多くの先進国では概ね『脳機能のトラブル』と捉えてるよねぇ?

西ラップランドでは『対人関係(対話)のトラブル』なんだって。

前者の解釈だったら、まずは服薬で処置しましょってのが一般的じゃん。

後者だと、対話で治しましょう、ということになるんだね。

ここまでだとね、前者が当たり前の先進国住民は、バカバカシイなんて思うわけですよ。

そんなんで治るわけがないってね。

ところがエビデンスがあるんですよ。

詳しい調査結果書けば長くなるので、ひとつだけ。

5年後の追跡調査で、その地域で初回エピソード精神病を持つ人々の約85%が完全に回復し、大半の人たちが薬をやめていたって書いてあります。

松田先生に貰った資料には、他にも色んな興味深いことが書いてありますが、ここでは省略。

ポイントは、本人がミーティングに参加すること。

皆が対等に対話すること。

つまり、専門職という位置づけはあるものの、そこにヒエラルキーは無いの。

ドクターに薬を勧められても拒否していいの。

で、皆が対等なわけだから、例えばドクターと心理士の意見が異なることだってあるわけですよ。

両者の意見を聞いて、他の人がまた意見を述べたりする。

つまりその対話の中で本人が回復していくらしいのです。

『薬に代わるものって何だろう?』

リレートークのテーマです。

会場には当事者や支援者が詰めかけ、前の人のトークに対する対話という形で挙手して次の人が話す、というものでした。

薬の副作用に悩まされているっていう人がとても多いことを知りました。

皆、感動して、いきなり日本には無理でも、大阪をラップランドに!なんて盛り上がっていました。

同じ病気でも、国によって、文化によって、考え方によって、こんなに対応が違うんだね。

私たちは当たり前のように、それが良いものと思い込んで現状の社会に合わせようとしている。

間違っていても、多数派が常に正しいということになる。

いつか、『オープン ダイアログ』が当たり前の多数派になる日が来るのだろうか。