プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

自閉症スペクトラム先進都市という目標を考える。

私は、大東市自閉症スペクトラム先進都市にしたいと思っている。

その理由は、生まれ住んだ大東市は障害理解や障害福祉の仕組みがイマイチだと感じるからである。

特に近年名称だけが知れ渡っている発達障害に関しての理解や制度、啓発や支援が不十分なのではないかと感ずるその理由は、周囲にそれを知っている人がいないからである。

周囲というのは一般家庭であり、親族に障害者はいるものの、いわゆる知的障害であり、しかもそれほど会う機会は無い。

つまり、関わる人間に発達障害と診断された者がいないと、関心は無く、自分とは無関係だと無意識に思っているわけである。

これは実に当たり前の事象で、私たちが発展途上国の問題を身近で深く考えられないことと似ている。

テレビで映像が流れ、情報がアナウンスされると、大変だな、とは思うが自分の生活とかけ離れていると思い、そのテレビが終われば日常の話題にすることすら無い。

同じように、ある日電車で障害者とおぼしき人を見かけたとしても、その時は気にしても電車を降りたら何事も無かったように忘れてしうまう。

そのように無関心が日常であれば、障害者は少ない、関わる人が考えれば良いことで自分には関係無い、という人が多い事実も文句言ってるだけでは埒があかない。

 

私はまず、そういう無関心な人に興味を持ってもらいたいと思っている。

なぜならば、診断の有無に関わらず発達障害の枠に入る人は実際、かなりいるからである。

平成24年に文科省が行った調査では、通常学級で発達障害の可能性のある生徒は7.7%という数値が出ている。

それが成人で極端に減るとは考えにくい。

どういうことか、周囲に診断されている人はいないにしても、ちょっと変わった人、疑わしい人はいくらでもいるということである。

診断の有無が問題ではないということである。

特性を知ること。

対応を知ること。

それだけでも社会は弱者に優しくなれる。

私はそのモデルを、敢えて遅れている我がまち大東市で実行したいと考えているのである。

発達障害とはどういうものか。

スペクトラムって何だろう。

興味を持って知ってゆくにつれ、障害だからどうこうではなく、人としてある場面での対応が良好なものになっていくのである。

それがバリアフリーではないか。

 

興味を持たない人々に対して興味を喚起することは、そうたやすくはないだろう。

まずは興味が無い人というものを理解して関連性をビジョンにしなければならないだろう。

しかも知ることの具体的メリットも必要だろう。

生きているものはメリットによって行動するからである。

メリットは物とは限らない。

その人にとってメリットとなるものは人それぞれである。

それらをこれから細かく分析する作業に入る。