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プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

タコワサがうまい夜

30超えたとき、ナスとタラコをしょくせるようになった。

食せるどころか好物になった。

40越えた昨今、ワサビやらカラシといった

辛いものがおいしいと感じるようになった。

なんと今私はタコワサを食べている。

こんな気持ち悪くぬるぬるしたものと思っていたタコワサ。

あー辛い。

でも日本酒には良く合う。

誰がこんなもの発明したんだろう。

すごい人もいるもんだ。

この分じゃイカの塩辛もいけるんじゃなかろうか。

あー辛い。やっぱ辛いわ。

今日はこのくらいにしておこう。

疲れる前に一日を終えたい。

どうも、疲れやすい。

年のせいか、生活習慣のせいか。

人と比べてどうとかは分からないが

人と行動していて

大抵先に疲れる。

疲れるというのはストレスを感じた結果事象だと思っている。

気疲れと運転疲れで今日は帰宅前に頭がいかれた。

やばいって思う。

イライラしてくるのだ。

そうなると、一緒に居る人に対してむかついてくる。

これはまずいと思い始める。

とにかく、人に嫌味や悪口を言ったりしないために

「疲れた」と報告する。

無表情の私が「疲れた」と報告すると

これは早く帰宅せねばと思ってもらえる……と有難いのだが。

何かわけのわからないことを話されたらもう

私の頭には入らない。

とにかく帰宅を急ぐのみなのだ。

早く帰らねば。

それのみ思う。

だって、人が何か言えば言う程

むかついちゃうんだもん。

勿論不本意に。

頭の中で、何やら良くない物質が放出されるのだね。

そしてそんな日私はこうやって

書いて、書いて、発散するのだ。

直接言えないイライラを

アウトプットせねば今日を終えられない。

そんなわけだから外出には気をつけなければならない。

なるべく早く帰宅。

二日以上友人知人と会うのは極力避けよう。

そうやって、自分と対話しながら

ストレス具合を計りながら

疲れる前に一日を終えたい。

自分の頭が働かない。

私は以前は、あまり人の言うことを聞かなかった。

我が強いのだ。

人の意見より、自分の思い。

だけど最近、他者の意見をよく聞くようにしている。

それは、出版やクラファンという自分にとって初めてのことをするから。

経験者の意見を素直に聞いてこそ成功があると考えた。

しかし、様々な意見がある中で私はその全てを鵜呑みにしているに近い。

そうすると、自分がだんだん消えていくのだ。

いざ、どうなの?とふられたときに答えられない私になってしまっている。

周りの意見に振り回されてしまっている状態なのだ。

自分を出したら、周囲と反発してしまうんじゃないかって恐れている。

だけど、今私はどこにいるの?

本当の私はどこにいるの?

 

誰かに相談して

その内容をうまく自分に重ねることが出来ないでいるのだ。

つまり、中庸が困難なのだ。

私かあなたしかなくて

意見の良いところ取りが難しい。

私は、自分で決断しなくちゃならないのに。

他者にそれを委ねている事実を知った。

 

相手が喜ぶと思って取った行動が

思い通りにはいかないのだ。

逆に、こちらに決断を迫られる。

 

私の独自のやり方を批判する人は多いだろう。

だけど、批判を恐れて八方美人にはなれないのだ。

少し、時間をかけて考えなくてはならない。

他者の意見を無視して

私は私の思いを見つめなおさねばならない。

非特異的T波異常

心電図にて所見を認めます。

循環器内科を受診してください。

 

このように記載された特定検診診断結果が届いた。

ここ数年、再受診を促す結果を目にするようになったのは

年のせいでよくあることなのだろう。

さて、これなるはいかなるものかと検索すれば

特に心配ごとではない様子。

更に友人数名も同じ所見を頂いた経験があり

放っておいても問題無いというコメントも頂戴した。

……がしかし、受診してくださいとあるのだ。

この一文が、私を行動に導く。

友人も、そう書いてあるなら行った方が良いと言った。

 

別件のついでに受信しようと受付に申し出たところ

循環器内科は火曜日か水曜日の午前しかやっていないとのこと。

しかも、混むのでかなり待つのだという情報を貰う。

更に、診察は朝9時からだが、受付は6時かららしい。

はぁーそんなに人気なのか、と私は想像した。

満員御礼の待ち合いを。

朝6時かぁ……

私は今日、朝の実家の家事を断って、4時起きで支度した。

6時、とまではいかないが、7時半には病院に到着した。

さすがに静かだ。恐らく、後ほど混むのだろう。

そう思い、受付を済まし、暗い廊下を通って心臓センターへ。

私は一番乗りだった。

誰もいない待合で、読書タイムが始まった。

時折、うとうとしながら……

1時間余り待った頃、ようやく1人の看護師がやってきた。

「今日は初診はやってませんよ」

1時間以上待った人にかける言葉ではない。

私は最初、何を言っているのやらと首をかしげた。

「先生来られないんで、今日は診察できませんよ。」

「え……」

私は言葉を失う。

朝の家事を断り、4時起きし、15分歩いて、1時間以上待った、その結果が「帰れ」ということらしかった。

看護師は、あたかも自分が被害者であるかのように電話口で怒っている。

事務社員と思しき電話口の相手に……

「今日先生いないんだから断ってくれなきゃ困るじゃない!えぇ?だって1人今上がってきてるから!」

いやぁ被害者はあなたではなく、恐らく私だよ。

そう思いながら、私はその場を去った。

 

先日引いたおみくじに

「病気、油断すると危ない、医者を選べ」と書いてあった。

その「油断すると危ない」を気に掛けて赴いた受診であったが

どうやら「医者を選べ」を気に掛けるべきだったらしい。

 

さて今日は、午前の時間をプレゼントされたのだと捉えることにしよう。

おしゃべり会!?

かんもくネットのおしゃべり会なるものに参加してきましたよ。

かんもく?

そう、私はかんもくだった。幼少期。

かんもくは病名ではなく、障害名でもない。

状態だから、誰かに診断されるものではない。

そう思っていた。

 

さて行ってみると、ほとんどが親御さん。

更に、おしゃべり会という雰囲気ではなく

集団相談会?みたいな。

 

私は自分について10分語ったのだけれども

その話を聞いて事務局長さんは微妙ですねと言った。

私の症状が軽いらしいのだ。

グレーですか?と聞いたら

グレーですねと言われた。

 

どうも、私はここでも排除されてしまった。

だってね、今日は何故参加しようと思ったんですか?って聞かれた。

・・・私だけ、聞かれた。

皆さんのお役に立てばと思って・・・

なんて言えたら良かったのかもしれないが・・・

咄嗟に口から出たのは「メールが来たから」

「それに、クリスタルタワーかっこいいなーと思って」

どうやら私は解答を間違えたのかもしれない。

 

まぁいい。

おしゃべり会とはどうも、集まりの後に行われるランチのことだろうか。

集まりの3時間はやはり、相談会に他ならない。

保護者が悩みを喋って、事務局員が答える形式。

それならそうと書いててくれたら良かったのにーと愚痴を言いたくなるが

まぁ仕方ない。

これも勉強なのだ。

 

それにしても皆さんの暗い表情。

私は向かう電車で読んでいた本に

たまたま笑顔の効果みたいな記述があったため

意識して笑顔で出向いたのにな。

それが逆効果だったようにも思う。

他の皆は悩みを抱えるかわいそうな人で

私だけ能天気なイメージを醸し出したようだ。

 

私だって苦労したぞ。

今でも引きずる部分多々あるぞ。

だけれども、笑顔がそれを全て打ち消すのだろう。

 

本当に皆さん、さえないのだ。

私には子どもがいないから、子育ての悩みは分からない。

だけど、子どもがいるんだからいいじゃないかと言いたくもなる。

 

あと、やはり全体的な印象としては

社会規範にとらわれ過ぎていないか?ということ。

私がとらわれなさすぎかもしれないが

就労が心配とか

自立できるかとか

つまりは結局社会に合わせなきゃと思っているっぽい。

いいじゃん、就労しなくても。

いいじゃん、自立しなくても。

人生短いんだから、いかに充実させるかをトップに考えるべきじゃないか?

そう、私とは価値観があまりにかけはなれていると感じたものだから

必要最低限の発言以外は相槌程度に控えました。

 

事務局長の口から「行動療法」とか「ABA」の言葉が聞けたのは

唯一の救いかな。

「心理士」という肩書が、一体どういう心理士なのか分からないけれども

ひととおり、色々と勉強されているような風であったし

楽しむこととか好きなものを活用するとかいった

子どもへの支援をアドバイスする内容は非常に良かったと思う。

 

・・・と、何故私が上から目線で評価してしまうのか。

恐らくはこういう部分が良くないのだろうね。

 

ともかく、私の居場所はここでもなかった。

仕方が無いので私は「一匹狼」に所属しようと決めた。

 

人間誰しも孤独なのだ。

孤独が怖いから群れたがる。

だけれども私は、そこを敢えて孤独でいるのだ。

いや、どこも入れてくれないから仕方ないだけだけどね。

いいんだ、私は一人でも強く生きるから。

いつの間にか、この世にいない人。

広報で色んな人にメールしたり手紙を出したりする日々。

そして時折返信メールが届く。

返信をくれる人はたいてい応援してくれている人なのだが

今日は一通、そうでないメールが届いた。

以前宿泊した宿の主人に送ったはずのメールだったのだが

別の人から返信が届いた。

当の主人はもう四年も前に退いているとの連絡であった。

宿と、メールアドレスがそのまま後継者に引き継がれているようだった。

はて、その主人はどこへやらと思い検索してみると

いとも簡単にfacebookにいた。

あら、お元気そうと思いきや・・・

肺がんであるとの書き込みがある。

入院だとか、抗がん剤の話題があった。

大変なんだね、と思っていてら・・・

その日付が四年前のものだった。

私は固まった。

そのページは四年前から更新されていないのだ。

写真は笑顔なのに。

あの人は既にこの世を去っているのだろうか。

明確なことを知る手段を私はもっていない。

現在は特に関わることのない人なのだけど

胃が、ずしーんと重いのだ。

恐らく、もうこの世にいないのだ。

私の知らない間に、この世から去っていたのだ。

私はただ、過去を想起した。

一緒に過ごした時を。

教えてもらったことを。

来年私は人に迷惑をかける!

これまでの私はネガティブだった。

たとえ相手が笑顔でも

たとえ相手が優しくとも

迷惑をかけたかもしれない

本音は嫌がっているかもしれないと

思わずにはいられなかった。

だけど今の私は違う。

今の私はポジティブモード。

相手が笑顔なら良いことだと素直に思える。

相手が優しいなら素直に喜べる。

そんな今の私は来年の私に言いたいのだ。

私よ、人に迷惑をかけよ、と。

実際に悪いことをするわけではない。

もし万が一だ、ネガティブに怯む私になったとしても

迷惑かけるくらいの気持ちでどーんとかまえなさい!と。

相手は迷惑だなんて思っていないのだ。

その真実がある限り

私自身が迷惑かけたと思うならば

迷惑かけてていいじゃないいか。

そう思えば良いだけのことなのだ。

故に私の来年のキーワード

「人に迷惑をかけろ!」

これに決定です。