プーブロ

日々の出来事から考えたことや、ふと思いついたこと、主に、そうした頭の中の出来事が吐露されることと思います。アウトプットの場ですね。

Facebookコメントへの返せない返答

ここ数年

多くの人から

似かよった類のことを散々言われ続けてきました。

多くの人が言うのだから

一般社会において重要なことなんだと思います。

 

ですが

都度

言われて私は質問に答えようとして混乱して不穏になって落ち込んで前に進めなくなる、といった状態に陥る経験を重ねました。

 

私にとって前に進めない状態はゼロではなくマイナスになります。

日々、生きている以上消費しますので

そういった意味でマイナスです。

非常に困ったことになるのです。

 

そんなわけで私は

私のことを思って助言くださる方々のそういった言葉を敢えて無視して

恨まれても前へ進む選択をしているのです。

そうすることによって

私は物事を前へ進めることができます。

勿論不安だらけだし

どうなるかなんて分かったことじゃない危険極まりない行動です。

ですがネガティブに押しつぶされて止まっている状態よりははるかに生きていると感じられます。

 

そんな状況なので

私は誰からも恨まれているみじめなやつだという自覚があります。

だからこそ

毎日、今日は坊主に違いないと思って店に立つのです。

 

皆さんが異口同音に申されること

およそ重要なそれらのこと

恐らく、生まれたばかりの赤子に立てと言っているような状態なのではないかと思います。

私は、スタート地点にも立てていないのです。

本当に、分からないので

お前はこんなことも分からんのか!!!

そんな風に威圧的に聞こえます。

およそ、何も出来ひんのやから大人しくどこかで雇ってもらったらええんやと皆が思っているのだろうと、私は思っています。

勝手にそう、思っています。

実際がどうではなく、一人しんどくなっているだけです。

どうしようもないのです。

 

だから余計に私はそんな親切な皆さんを無視する他無くて

孤独を進もうと思います。

 

色んな人にお世話になりっぱなしです。

ちょっとしたことですぐ

精神乱れます。

とりあえず

薬飲みます。

何も出来なくなります。

とても困ります。

だから静かに見守っていて。

弟についてのネガティブな記録

毎年1月2日は家族が集合する日です。

近年は子どもが増えて今年は16人集まりました。

恒例のすき焼き。

 

来て早々に弟が私に言ったのは私が店を始めたことに対する質問だった。

何故始めたのか。

父に反対されていて何故始めたのか。

何故反対している父の所有地で勝手に始めたのか。

そうしたことが、ひどく彼の規範に反して腹立たしい様子だった。

何か、私は返答してみたと思う。

場所づくりだの、なるべく問われた質問に応えようとしてみたのだけれでど、彼は返答を求めている様子ではなかった。

何を聞いても言い繕っているように聞こえるのだそう。

どうも、自分が立腹しているという事実を吐き出したかったのだろうか。

若しくは何か変化を求める様でも無いし。

私はふいと、価値観が違うからねということを言ってみたら……

それを言い出したら云々カンヌンと多くの言葉が飛び出すものだから、余程ストレス状態なのか。

仕方がないのでね。

あなたに理解されようとは思ってないし、出来の悪い姉を持ったと嘆くしかない。

そんな風に言ってみたところ、大人しくなりました。

 

弟は去年独立して自営しており、奥さんと子ども2人を必死で養っているのだろうね。

贅沢は我慢して切りつめて頑張ってるんだろうね。

そうした世界から見たら私は異端で自分勝手で腹が立つのだろうね。

彼に余裕があれば、他者のことそんなに言うことはないだろうと思う。

 

生きるとは、したたかな行為。

昔、ノルウェイの森を見た時に

直子が死んだあと

苦しむけれど

結局緑と付き合えてしまうワタナベに

何だかすごくインパクトを覚えて

でもこれが生命力なんだとも感じられて

妙にリアルで生々しくて

引き込まれたものでした。

そこにすがらなければ余計に辛いという現実もあるのでしょう。

それを思うとまた緑の気持ちも複雑だわ。

だけどそういったタイミングで人は生きているからね。

結果。

そう何事も結果そうなったということ。

 

先日、蛍の墓の解説動画を見ました。

節子が死んだあと

清太が食べた雑炊があって

清太が食べたスイカの皮があった。

無表情な清太に何を見るか。

悲しみのあまり人間性を失っているのか。

清太は節子が死んで

これでもう世話をしなくていいという安堵もあったのではないかと。

雑炊を一人で食べることができるという

現代人が考えるとあまりにも小さい出来事に生命力を費やさねばならない。

人間は生きようとする存在だから

人間は残酷な存在だから

そうした自己の本性を

窮地に目の当たりにする。

それこそが生命力。

 

映画の中のみではない。

これは全ての人類に本能として備わっているものだと思う。

人間は残酷でしたたかな生き物。

だから他者の一大事な奇麗事よりも

自己のしょうもない言い訳が重要なのだ。

そうして人を苦しめないと生きていけない存在なのだろう。

ゴミ袋を持って徘徊する女

夜19時過ぎですよ。

それでも最近は暗くなりましたが。

実家より自室へ帰る道。

ご近所なんでね、そこへ通りかかる人もご近所ですよ。

だってゴミ袋持って遠くの人が来ないでしょ。

明日はプラゴミの日。

女の持つゴミ袋にはペットボトルが沢山見えました。

ですがそれを持って、どこへ?

後をつけるわけではないですが

彼女が私の前を行くのです。

そうしてうちの共同住宅の共同ゴミ捨て場に……入れた。

んん?

この人は住人か?

明らかによそからやってきた彼女は

勿論マンションに入るわけではなく

別の方向に去っていく。

私は……

彼女と少しばかりの道のりを共にしたものだから

彼女の不審な動向を目に焼き付けた。

10歩ほど歩いて振り返ると

彼女もこちらを気にしていた。

私は、注意せずに

彼女の顔をしかと覚えた。

 

プラゴミ回収、早いんだよね。

確かに、私も何度も出しそびれてる。

だからきっと前日に出したいんだろうね。

きっと前日に出してたんじゃないかな

自分とこのゴミ捨て場に。

そして注意されたんじゃないだろうか。

だからよそのゴミ捨て場に?

 

勿論けしからん!!

でもさ、けしからん以上に選択肢を誤っていることに気付いていないのでは???

 

まず、朝早くに出したくないわけだよね。

そして前日に出したいわけだよね。

それが叶うなら皆そうしたいよね。

でもさ、前日にゴミ出すのは放火の危険性が増すし、景観も悪いし、カラスなんかに荒らされる可能性も増すし……

そんなこんなでよろしくないわけだよね。

だから朝一にゴミ出しするということに皆で決めてやっているわけだよね。

つまり、上記の彼女の行動は、ご近所とも協調性も無視して社会的リスクも無視して自分の都合を全面的に押し出して、自分は頑なに前日にゴミを出してやるんだっていう強い意志の元に行われている行動ということになるわけだ。

がしかし、こそこそと、よそのゴミ捨て場に。

 

そんなことするくらいならさー、朝ちょっと早起きしたらいいんじゃないのー?って思うんだけどねー。

朝いないとか?

何かどうしてもっていう理由があるとか?

 

いや、あの女はそんな顔してなかった!

ただ寝たいだけ!

注意されたから、腹いせに我を通したいだけって顔してたわ!

 

これまだプラゴミだからねー、黙っていられるんだけど

普通ゴミ出してるの見たら聞いてみたろーっと♪

伝えたい

私は毎日あなたについて色々考えてしまいます。

何かについて、こう思ってるんやろなー。
だから、こういう行動とるんやろなー。
いやでも、こっちの可能性もあるなー。

そして、どういうメッセージ送ったら私のこと気にかけてくれるかなー
私が喜ぶ返事くれるかなー。
会いたいと思って行動に移してくれるかなー。

ところが頻繁に失敗するのです。
私の予測に反する状況が生じるのです。
目に見えない相互作用って本当に難しい。
そうだ、書き出してみようかな、私の観察によるあなた像。

 

あれやなー
あなたは常に家族のことが一番に気になるもんやから、私が気にしてるから連絡だけでも入れといてあげなーと思い付かへんのやなぁ。
最も、連絡入れなあかんような関係性とは俺は認めていないといったような節も伺えます。

せやから、あれ、あいつからまた長いメッセージきてるわって見て、連絡せなあかんかったんやろかーみたいなレベルで、まーえーわ後で……とりあえず送っとこかーみたいになるんやろかー。

 

私の脳味噌死ぬまでしんどい、どうしようもないな😢😢😢

 

例えば

「なんか僕に会いたいみたいなメッセージくれてるけど、今週は実家の用事が立て込みそうやから無理やでー」

みたいな事前にくれたら
私の心労まだましやで。

 

面倒臭いんかなぁ……

 

「昨日はなんか、名残惜しそうやったから」と、私の気持ちをおもんばかってくれて、イベントの翌日来てくれたのが懐かしい☺💗

 

実家の用事お疲れ様ですと、気の利いた人なら言えるのだろうけど……

 

心労疲れましたら
事前連絡ほしいという文句が先にたちます涙

起伏だらけやーーー

沈。

連絡のない人。

これは自身が気にしているから連絡がないということになるんかな。

連絡が無くとも、こちらが気にしていなければ平気やもんなー。

例えばやけど

毎週連絡があって

今週ぱたりとなかったら

あれ?って思うやん。

週に一度は会っていて

先週は特に「週末会えないかもしれないから」と言って金曜日に会った。

なのに今週は連絡がない。

必ず連絡をするという約束なんて無いし

毎週会う約束なんてのも無い。

だけど、恒例行事が何か月も続いていて

それがぱたりと無かったら気になるやん。

しかも、こちらから問い合わせしても話題に触れない。

うーむ、どう考えるべきなんだ?

つまり、ものすごく楽しみにしていたものが急に無くなってしまった。

連絡が無いというのは、心配すべきこと?

え?何か大変なことが起こってる???

そんなことは無いよねぇ?

 

切ないお話し

自分を主語にして愛を語らない男は

それにどういう意図があるのだろうか。

つまり愛情表現をされないということ。

アイラブユーを言わないということが何を意味するのか。

思っているけど言えないのか

思っていないから言わないのか

前者ならかわいいが

後者なら辛い。

自分に愛は無いがやることはやる、だって好きだもん?

求められるのも気分いいし?

君だからではなく、他の誰であってもいいのだけれども?

たまたま君なだけで?

愛はないよ?

でも言えないじゃん傷付くだろ?

君を傷付けないために僕は言わないだけ?

でも嘘も言えないから愛しているとは言えない?

うーむ悩ましい。

そもそもはそうかもしれないが

女子は期待するもので

心は徐々に出も傾いてくれるんじゃないかと思ってみたりするわけで

そうしたら言ってくれるようになるんじゃないかとも思うわけで

だけど全く言葉にされなかったら寂しくもなるわけで

催促してみても言ってくれなかったらやじはり愛が無いからなのかと落胆してみたり

そんなわけでアウトプットしなければ収まりつかないわけで

私もそんなに悠長に待ってもいられなくって

何より言葉だけでいいのにね。

なんでその一言を男は拒むのか。

いったじゃんと追々問われることから回避したいがためか?

責任問題とかそういうことに怯えているわけか?

ひとこと「好き」と言うことがそんなに難しいことなのか?

言いまくっている私には不思議でならない。

思ってなくても言ってくれたらいいじゃない

それを言わないってどういう頑固なんだろうか?